♪グリーンハーモニー吹奏楽団

結成当時を想う

 昭和43年のことである。茶屋町公民館報(当時は、都窪郡茶屋町)で、秋祭りと同時に公民館文化祭を催すことを知った佐藤道郎氏、中峰博史氏の呼び掛けで、茶屋町中学校(現在の東陽中学校)吹奏楽部OB8名が集まり、参加することになった。

 メンバーは、中峰博史(フルート)、佐藤道郎(トロンボーン)、岡本孝二(トランペット)、平田隆史(サックス)関藤義和(エレキベース)、笹部一雄(ホルン)、藤原達雄(ドラム)石井智巳(クラリネット)の8名でした。

 練習は夜、佐藤氏宅で行い、曲は市販のコンボバンド用楽譜を使用しました。当日の会場は満員の客とはいかなかったが、展示品等が多い館内では特に目に入り又耳に入ったのではと思っています。
 後日、中峰氏宅での打ち上げの席で、”せっかく集まったのに、このままで終わってしまうのは、勿体ない”と吹奏楽の好きな連中をもっと集め、どこにも属さない、自由に音楽を楽しめる一般のバンドを作ることになった。

 さっそく団員集めに走ったが、思うように集まらなかった。やっとの思いでひと通りのバンドの人数が集まり、「グリーンハーモニー吹奏楽団」が誕生した。名称の由来は、”倉敷美観地区の柳の緑のようにさわやかなハーモニーをめざす”と言う意味から来ている。

 翌年、演奏会をめざして練習が始まったが、これが苦労の始まりでもあった。

 社会的にも経済的にも何らのバックアップもない文字通り”一”からの出発である。楽器はまだ個人持ちが少ない時だったので、譜面台と共に、茶屋町中学校より借用していた。運搬には、だれも運転免許を持っていなかったので、土曜日の午後”リヤカー”で運び出し、日曜日に練習、月曜日の朝返しに行く月2回の練習であった。

 練習場所は、古ぼけた公会堂から始まり、後には公民館を使用できるまでになり、また、譜面台も中学校からの借り物、ベニヤ板とタル木とで団員の手作りの物を、市販の譜面台が購入出来るまで使用していた。
 演奏会に至っては、会場、プログラム、ポスター、チケットどれを取っても何も知らないことばかり。あちらこちらを走り、色々な人の助けを借りながら昭和46年、待望の演奏会を倉敷文化センター(現在の倉敷公民館)で迎えるに至った。



創立20周年記念誌「響」より